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丹羽長秀花押
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戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。 織田氏の宿老。朝廷より惟住(これずみ)の姓を賜ったので惟住長秀ともいう。羽柴越前守とも称した。
1573年9月、長秀は信長より若狭一国を与えられ、織田家臣で最初の国持大名となった。本能寺の変後 秀吉と勝家とが天下を争った一戦である1583年の賤ヶ岳の戦いでも秀吉を援護し、戦後に若狭に加え越前及び加賀二郡を与えられ、約123万石の有数の大名となった。1585年4月16日、病のために死去した。
享年51歳

長秀の死後、後を継いだ長重は軍律違反があったとして秀吉から領国の大半と、長秀時代の有力家臣まで召し上げられている。これは秀吉による丹羽氏の勢力削減政策であったと言われている。その長重は関ヶ原の戦いで西軍に与して改易されたが、後に江戸崎藩主となり大名として復活を遂げた。その後の丹羽家は棚倉藩、白河藩と転封され、長重の子・光重の代に陸奥二本松藩に転封となり、その後は代々二本松藩主として明治を迎えた


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